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Doctor Mからのメッセージ#040                      (2004.11)
              実際にガンを治そうという研究は大抵は泥沼です


 基礎研究で優れた研究成果を得られる研究者であっても「ガンの治療」という面妖なテーマにおいては、事は簡単ではないのは歴史が証明しています。この号ではノーベル賞受賞者レベルでも「結構、いい加減になりますね!」と言う話をします。

 デンマークの生理学者フィービゲルが「ある寄生虫を持っているゴキブリを食べたネズミが、その寄生虫に感染してガンになる」という研究で1926年にノーベル賞を得ています。これが本当ならガンの治療法は決まったようなものです。八十年も前の話ですけど、この学説は間違いだったのです。その時代の優秀な研究者でもそういうことがあるということです。こんな歴史があるのでノーベル賞選考が慎重なのです。

 ライナス・ポーリングは天才とも怪物とも言われる超優秀な学者でした。1954年にノーベル化学賞、1963年にノーベル平和賞を受賞しています。もともと物理化学者で純粋物理化学から次第に生物学という応用科学の方に参入してきて、1930〜40年代に鋳型説という有名な抗原抗体反応の理論も提出したことがあります。DNAの構造が二重ラセンでなく三重ラセンであったなら、ワトソン=クリックではなく、彼がノーベル医学生理学賞も獲ったはずというストーリーは有名です。

 その彼が後年ビタミンCの細胞や生体に対する効果の研究を精力的に始めたおかげで、「VCは風邪の予防に良い」に留まらず、「ガンの予防やガンの治療に良い」という話が流布したのです。ポーリングが1977年度の米国の科学研究費獲得のために提出した分厚い申請書のコピーを私は「お宝」として大事に持っています。私の上司で物忘れの名人の教授が「読んで見ておいてくれ」と手渡されたのを返却し忘れたのです。VC大量療法の共同研究をしてくれる病院をポーリングが日本でも探していたので、その書類が回ってきたのでした。この研究は「ハズレ」であったというのが一応の評価です。だから30年前程が一番騒がれたのではないかと思います。試験管の中や小動物で意味のある研究成果が出ても、実際の人間のガンの治療については話半分どころか話万分の一というのが現実です。そういう研究自体は大変重要で尊いものと思いますが、それを直ぐに市民に意味があるように漏らすのが迷惑千万と思います。こういうまともな研究でさえもこうですから、「そこらの何とか博士がどう言った、こう言った」というのは商売なら実に理解できますが、本気で言っているのなら、つい「この愚か者」と言ってしまいそうです。現在ではマスコミがネタ探しに使うから厄介なのです。

 
ストレス学説のハンス・セリエの晩年もガンを手掛けようとしたようです。学生時代から私は彼を非常に尊敬していました。彼の原著本1冊、訳本1冊の他に解説書も数冊買って読みました。25年前に首都ワシントン郊外にある国立癌研究所に留学していた頃に、「ガンに対する瞑想療法」という風なテーマでしたか、ニューヨークで彼の講演があるというポスターを見ました。高齢の彼自身がガンに罹っていたようでしたので、是非行きたかったのですが、しかし、その講演の内容は多分に客観性に欠けるものではないかとは想像しました。その1年後に彼は亡くなりました。ガン以外の研究者がガン治療研究に参入してくる場合は、ピンからキリまで、泥沼の世界に突入することになることが決まりのようです。自分の学説をどこまで敷衍できるかを模索するのは研究者本人の真実であっても、市民が直ぐに信じることはないと思います。

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