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Doctor Mからのメッセージ#041                     (2004.2)
                 ガンの免疫療法も泥沼です

 10年程前にNHKが、京都大学医学部の基礎免疫専門のA教授の「自己のリンパ球を体外で培養して、そこにある種の因子を加えて抗がん作用を賦活して体内に戻す」治療についての番組を放映しました。A先生は私の2年先輩で、初めは内科入局でしたが、その後基礎に転身しています。NHKの報道では、いつもながら軽薄なことに、培養液に「漢方薬」を加えるというA先生の試みの一つについてスポットを当てたのです。私はその番組を見て、漢方などを用いる必然性を本能的に胡散臭いと怪しんで、「もう、A先生の研究者としての生命は終わりだな」との独断的感想を持ちました。

 
こういう自己や他人のリンパ球を培養して治療に用いるという仕事は、少なくとも20〜30年前から種々の変法を用いて試みられているのですが、結局は今でも確かなものになっていません。今でも書店に行くとそういう治療を勧める本が並んでいます。

 A
先生も「ATK」という書物を出版していました。実際に読むと、時には効くこともあるのかなという気にさせるのですが・・・。全てに無効ということも言えないのですが、甘い期待を抱かせる程は、一筋縄ではいかないことは事実が繰り返し証明しています。


 A先生はその番組から4〜5年位して、胃癌で早逝されました。定期発行の京大医学部同窓会新聞には、A先生の訃報を報じた記事がありました。彼を教授に推薦したと思われる教授が書いていました。A先生がその仕事をしていた頃は、全国から患者さんが押しかけて、キャンパスが混乱したり、学問的には多少胡散臭くなってきた仕事を止めれらなかったことの責任を感じているような紙面でありました。

 昭和53年11月には、日本免疫学会総会が京都で開催されたことを伝える午後7時のNHK総合ニュースは、馬鹿馬鹿しくも、そのタイトルに私の演題発表を私の顔付きで報道したらしい(自分では見ていません)。その直後に、「週刊現代」に怪しい記事が出たので、大体のことは判っています。要するに「ビール酵母が細胞性免疫を強化してガンを治す」と言うものです。学会の最中に大学付近の喫茶店に呼び出されて、NHKの取材を受けたことは確かですが、私は、「自分自身はガン治療の実験をしていないし、ガンに効くというような甘い話ではない」ということを強調したので、テレビに出るとは思っていなかったのです。週刊現代は電話取材があったので、この場合も同じ事を言ったのですが、記事が出たら違う風に書かれていました。

 
私は、先輩の同級生であるB博士に頼まれて、エビオス製薬の委託研究を引き受けたのですが、自分のデーターで細胞性免疫の著しい強化を得たのは印象深いところです。しかし、程度は別にして、それは予想された結果なのです。大学院での数年は免疫の研究でヒット作品が出ていたのですが、この年はそのデーターも品切れになったので、仕方なく、この委託研究を報告して学会ノルマのお茶を濁したのでした。それを、報道に取り上げるのですから、科学部記者がお粗末ということです。実は、専門が栄養学であったB先生がネズミのガンにこのビール酵母成分を打ち込むと、ガンが小さくなることに強いインパクトを受けたのが始まりです。B先生は自分がガンや免疫の専門ではないので、その後の免疫学的解析のデーターは小生が担当するような巡り会わせになったのです。B先生が取材陣にネタを持ち込んだのかも知れません。その後、お会いしていないので判りません。その頃、B先生は「壮快」とかいうような怪しい雑誌(と小生は思う)にビール酵母の抗がん効果のネタを載せていたからです。他の領域の研究者がガン治療に参入してくると、一寸ガンが小さくなると過度の期待をもってその治療法の将来を過信または確信してしまい、ネタ探しのマスコミの無責任さが油を注ぐのです。

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